【小説第4話】たぬきからの脱出
舞と共に訪れた彼女の自室は、「K」からすぐそこにあるアパートの一室だった。
一階のベランダは植え込みで街路から仕切られているが、大の男が力づくで侵入しようと思えば不可能ではないだろう。
「これは……張り込みが必要だなッッ!!」なんてもっともらしいことを言いながら、ジェリーは一晩ここに居座る気満々である。革張りのソファの上にふんぞりかえりながら、鼻息で鼻の穴をふくらめている。
「ええ、勿論そのつもりよ。あなたが良ければ、だけど」
舞はそう言いながら、キッチンから二つのカップを持ってきた。コーヒーのよい香りが室内を満たす。
『ここここれはアレか……?! 「今夜は寝かせませんよ」とか、そういう……ッッ!!』
ご都合主義もここに極まれり。ジェリーの妄想はもう止まらなかった。
ジェリーは彼女の厚意に応えるべく、そっとカップに右手を伸ばした。しかし、白い持ち手に触れようとした瞬間ハッとする。
砂糖がない。ミルクがない。
恥ずかしながらジェリーはブラックコーヒーが飲めない男だった。しかしそんなこと口が裂けても言えない。何故かって、そんなの簡単。格好悪いからだ。
「そそそそれで、問題の下着というのは……ッ」
ジェリーの手元に注がれていた舞の視線が動き、ジェリーのそれとかち合う。
「――ふふふ、そんなに気になるの?」
舞はそう言って、ジェリーの隣に腰かけた。指先でジェリーの肘に触れながら、思わせぶりな流し目を一つ。
「せっかちはダ・メ。……それよりコーヒーはいかが? せっかく淹れたのに、冷めてしまうわ」
彼女はそう言って、自分の分のカップに口をつけた。これはますます言えない。彼女が飲めるブラックコーヒーを、自分は飲めません、だなんて。
「い、いや、しかし……事件の解決には証拠の確認が不可欠であって……!!」
ジェリーはなんとか話題を変えようと必死だ。事件の解決において、状況の把握がどれだけ大切かを切々と語り始める。
舞もはじめは相槌をうちながら真剣に聞いていたが、次第に飽きてしまったようだ。長い髪を弄りながら、不満そうな顔で唇を尖らせている。
「――……ねぇ」
業を煮やした舞が身体を傾けて、ジェリーに思い切りもたれかかってきた。
「お話より、もっと楽しいこと……しましょ?」